ラベル テレンス・ヤング の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル テレンス・ヤング の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年9月30日木曜日

2021.09.30 サンダーボール作戦

Amazonプライムビデオ

● 「サンダーボール作戦(字幕版)」(1965年)。
 人喰鮫が泳ぐ中での闘争シーン。ガラスで仕切っていたらしいのだが,いや迫力はある。
 アクションスターは容易じゃない。といっても,現代アクションに比べれば牧歌的だと言っていいだろうか。
 冒頭,ジェームズ・ボンドを鉄腕アトムに変える道具が出てきて,いくら何でもそれは,と笑わせてくれる。

● この時代だから文書作成はタイプライター。アルファベット圏はタイプライターが使えたんだから,組織であれ個人であれ,生産性は漢字圏より高かったろうね。
 盗聴器もテープ再生だ。カセットテープはまだなかったようだ。

● ボンドガールはフランス出身のクロディーヌ・オージュ。ウィキペデイア教授の説明によると,「プロデューサーはオージュの美しさに非常に感銘を受け,オージュのキャラクターに合うようにフランスの女性の役柄に脚本書き直させた」。
 1976年には「パリの哀愁」で沢田研二と共演している。しかし,「長い闘病の末,2019年に78歳で死去している」とのこと。

● 007シリーズは金のなる木になっていた。大金が動くところには争いも起こる。ウィキペディア教授はこのあたりも解説してくれている。
 「映画シリーズが制作されるとき,この作品が第1作になるはずだったが,制作費の問題やこの著作権訴訟問題の関係でユナイト側との検討の結果,「ドクター・ノオ」が第1作になった」。
 「フレミング(原作者),イオン・プロ対マクローリーの訴訟合戦」が完全終結するには,訴訟の中心人物の死がきっかけになっていたりするわけで,大人の事情とは厄介なものだ。
 しかし,それがエネルギーになることもあるんだろうね。よくわからんけどね。

2021年9月29日水曜日

2021.09.28 007 / ロシアより愛をこめて

Amazonプライムビデオ

● 「ロシアより愛をこめて(字幕版)」(1963年)。007シリーズの2作目。
 今回の白眉はボンドガールを務めたダニエラ・ビアンキですかねぇ。ウィキペディア教授が教えてくれるところによると,彼女はローマ出身で,「ミス・ユニバース1960で準優勝(およびミス・フォトジェニック)に選ばれた」そうだ。
 ただし,英語はからきしダメで,この映画では彼女の声は吹き替えられている。

● この時代,イギリスでも男たちはやたらに煙草をふかしている。だいたい,チェスの選手権でも対局者は煙草を喫っているのだ。
 女たちは男に媚を売る頻度が今より高い。映画だからということではないでしょ。世相を映しているんでしょ。

● そういうものだったんでしょうね,当時はね。男が女に期待するのもそれなら,女もそれに対応していたということで。ジェームズ・ボンドのお熱いシーンが多いのは,時間がゆっくり流れていたことだけが理由ではないのだね。
 2021年の現在のモノサシをあてて,ああだこうだと言っても仕方がない。そういう時代だったのだというだけだ。

● 日本でも同じ。将棋の真部一男八段は煙草を喫いながら対局していた。咎められるようなことではなかったのだ。絵になるなぁと思いながら,NHK杯の対局をテレビで見ていた記憶がある。
 それは1986年のことだから,この映画の四半世紀後でも(日本では)そうだったのだ。

● ボンドの敵であるスペクターのNo.3のクレッブ(ロッテ・レーニャ)が,ボンドの泊まっているホテルに掃除のオバサンとして入り込んで,ボンドを狙うシーンでは,ちょっと笑ってしまった。掃除婦が似合いすぎていたからだ。
 これもウィキペディア教授に教えてもらったことだが,英国海外情報局のトルコ支局長ケリム・ベイを演じたペドロ・アルメンダリスは,撮影当時すでに末期癌に冒されており,撮影終了後に入院した病院で拳銃自殺を図ったらしい。そんな気配は画面からは1mmも窺うことはできない。

● イアン・フレミングの原作『007 ロシアから愛をこめて』(井上一夫訳)は創元推理文庫で読むことができるっぽい。

2021年9月27日月曜日

2021.09.27 007 / ドクター・ノオ

Amazonプライムビデオ

● 007シリーズの第1作「ドクター・ノオ(字幕版)」(1962年)。ジェームズ・ボンドは当然,初代のショーン・コネリー。

● 1962年というと,皆さんは生まれていましたか。ぼくは恥ずかしながら生まれていた。小学校に入るか入らないかくらいの年齢だ。
 当時の地方の田舎少年(まだ少年になっていないか)には,この映画で描かれる世界は完全に別世界。もし,この映画を当時見ていれば,キラキラと眩しい天上の世界の話に見えたことだろう。

● しかし,当時はロンドンのイギリス情報部の空気もノンビリしたものだったらしい。時間がゆっくり流れている。インターネットやパソコンなどはあるはずもなく,そういうものを想像することすらできなかった時代でしょ。
 時間がゆっくり流れることの副産物でもあろうと思うのだが,この頃のジェームズ・ボンドはやたら女性とお熱い行為に及ぶのだ。時間がゆっくり流れるって素晴らしい。
 アクションシーンもない。いや,あるにはあって,当時の映画ファンはこれを見て手に汗を握ったのかもしれないが,令和の映画ファンはこれをアクションとは認めないだろう。演じる俳優も,今の方が大変だろうな。

● ボンドガールはウルスラ・アンドレス。ウィキペディア教授によると,「アンドレスは,PLAYBOY誌でヌードを披露したこともあるように,魅力的な女優で歴代のボンドガールのセクシーさを選ぶ投票でも1位に選ばれている。そのため,男優をひきつけ,亡くなる前のジェームス・ディーンや,ジャン=ポール・ベルモンド,ライアン・オニールら,多くの男優と浮名を流した」らしい。
 しかし,この文章は日本語になっていないね。なぜって,これだと “PLAYBOY誌でヌードを披露する=魅力的な女優” という等式が成立してしまうからね。ジェームス・ディーンらと浮名を流したのはPLAYBOY誌でヌードを披露からだ,ということになってしまうぞ。そうじゃないんでしょうよ。

● また,この映画は,「興行的には大成功したものの,公開直後の映画評論家や映画メディアの評判はさんざんなもので,「セックスとバイオレンスに満ちた下品な映画」といった評が典型的なものだった」らしい。
 これはクラシック音楽の世界でもそうで,初演の評判は散々だったというのは珍しくない。現在ではしばしば演奏される定番の作品でも,なかなか初演にこぎつけることができなかったりもした。チャイコフスキー然り,ブルックナー然り。モーツァルトだってそういう目に遭っている。

● “現代” を正しく理解するのは難しい。誰でも過去に足を引っ張られているからだ。その分野に精通している専門家もそうなのだ。
 それができる人は,創作者同様に,天才と呼ばれるべきかもしれない。

● この作品のイアン・フレミングの原作はハヤカワ・ミステリ文庫で今でも読めるんだろうか。そこは確認していない。