昔の様式に突っ込みたいところはあるんですよ。あるんだけれども,4本とも観て良かったと思える映画でした。
● Amazon Prime でも観られるのかもしれないけれども,たとえ観られるとしても,Amazon Prime でこういう映画は観ないと思いますんでね。鹿沼まで自分の身体を運ぶしかないわけです。
運ぶしかないんだったら,嬉々として運べた方がいいんだけれども,一番いい辛いのは早起きしなければならないこと。7時半に起きて8時前に家を出ないと1本目に間に合わない。
ぼくは深夜2時ころまでは起きているので(それでもずいぶん早く寝るようになったのだ),7時に起きるのはかなりの苦行だ。
とりあえず間に合って1本目から観ることができた。
● 「暁の脱走」が公開されたのは1950年。戦後間もなくこういう映画が本邦でも製作されていたことにまず驚く。
戦後,最初に復興したのは浅草の映画館だと聞いたことがある。食料より娯楽が希求される。人間にはそういうところがあるんですかね。
● 原作は田村泰次郎の小説「春婦伝」(の一部)。谷口千吉と黒澤明が脚本を書き,谷口千吉が監督を務めた。
三上上等兵(池部良)と春美(山口淑子)の恋物語が経糸。では緯糸はというと,帝国陸軍の腐敗っぷり。
ここまでひどい中間管理職は陸軍にも(たぶん)いなかったのではないかと思う。軍を悪者にして戦争のすべてのバランスを取るという,GHQの目論見がものの見事に成功した証拠と見ることもできるのじゃないかと思う。
● 晴美の一途な愛は三上にとっては疫病神。それが後半は母親と聞き分けのない息子という感じに変わっていく。
三上はとにかく真面目。というより,世間や所属する組織の常識を絶対のものとして,それに従うことを最善としている。自分で考えることをしない。リスクをとって自分で判断し,それに従うということをしないタイプ。
それを良しとする風潮が現在に至るまで残っていると言えるのかもしれない。ぼくもその口だったな。
最後は,その組織の常識から脱走しようとして,2人とも命を落とす。それがエンディング。
● 山口淑子は伝説の女優の1人と言っていいと思うのだが,彼女が出演している映画を観るのは,これが初めて。
中国語をネイティブ水準で話す。彼女は中国で李香蘭としてデビューし,女優・山口淑子は日本での2回目のデビューになるのだろう。スパイだとか何だとか、話題には事欠かなかった。
これだけの美貌をまとってしまっ排除の不運とまとめてしまいたくなるが,美人に生まれることは本人にとって幸せなことなのなどうか,一考の余地がある。
● 「嵐を呼ぶ男」は1957年末に劇場公開された,まぁ何というのか,日本映画史の代表作の1つでしょ。石原裕次郎の存在感を決定づけた。監督は井上梅次。
一方で,若き北原三枝の美しさも,銀幕の女優というに相応しいもの。何度も裕次郎と共演した芦川いづみも出ている。清純派という言葉が今よりもっと説得力を持っていた時代の清純派ね。
● 出演は他に,金子信雄,岡田眞澄,笈田敏夫,青山恭二,小夜福子,高野由美ら。フランキー堺も。
舞台は当時の銀座ということになっているのだが,その頃には銀座にも生バンドが入るシャズクラブというか,ジャズキャバレーのような店があったんですか。銀座の輝度は今よりもずっと高かったんでしょうね。
● 「網走番外地」は高倉健の出世作。劇場公開は1965年4月。主題歌も高倉健が歌っていることはオールドファンなら先刻承知のことと思う。
原作は伊藤一の同名小説。自身の網走刑務所での服役経験をもとに書かれた作品らしい。もちろん,読んだことはない。監督は石井輝男。
● 高倉健の橘と同じ房にいる受刑者(八人殺しの鬼寅)役で嵐寛寿郎が出演している。出番はそんなにないのだけれども,重要な役どころ。
凄みがある。演技に圧があるというか。時代劇俳優で “鞍馬天狗“ と “むっつり右門” が当たり役だったということは知っているが,彼の演技を観たのはは今回が初めて。これを観れただけでも,鹿沼まで来た甲斐があったというものだ。
● 他に,南原宏治,安部徹,田中邦衛,丹波哲郎など。
後半,橘と行動を共にする権田役の南原宏治も凄みがあったな。トロッコで山を下るシールはアクションシーンとしても後世に残るんじゃないか。
最後はハッピーエンドと言っていい終わり方。
● 「人生劇場 飛車角と吉良常」の劇場公開は1968年10月。原作は尾崎士郎の「人生劇場 残侠編」。言うまでもないが,ぼくは読んでいない。監督は内田吐夢。
飛車角を鶴田浩二,吉良常を辰巳柳太郎が演じる。他に,松方弘樹,若山富三郎,大木実,村井国夫,山城新伍,八名信夫,小林稔侍など。準主役級で高倉健も。
● 女優では藤純子と左幸子。飛車角の(たぶん)内縁の妻でありながら高倉健の宮川にも思いを寄せる おとよ を演じた藤純子のきれいなことと言ったら。この映画の一番の見どころはここじゃないのかね。
あと,辰巳柳太郎の剽軽さをかもす達者な演技だろうか。
● この鹿沼市民センター名作映画祭は過去4回は大ホールだったのだが,今回は小ホールだった。小ホールだとそれなりに観客がいるという印象になる。
ただし,ジジイとババアばっかりだ。見事にジジイとババアだけ。若者はおろか壮年層もいない。この映画祭は市の教育委員会が元締めになっているんじゃないかと思うんだけど,実質は高齢者福祉事業になっている。自治が運営する施設や行事の多くは高齢者福祉事業なんだよね。いい悪いの問題ではないのだが,往年の名画を観に来る若者はいない。
● そのジジイとババアたちだか,放映中に退出したり,始まっているところにノコノコ入ってきたりする。当然,中は暗いわけだから,階段で蹴躓く者が出る。
何とかならんかね。始まる前に着座する。終わるまでは退出しない。その程度の時間コントロールができんかね。トイレコントロールが難しいなら尿漏れパンツを履いたらどうだ。
● これじゃ,80歳以上は入場禁止にしなくちゃいけない。そうすると,この事業じたいが成り立たなくなる。
なかなか厄介な問題が出てきそうな予感がした。