2014年1月19日日曜日

2014.01.19 第5回鹿沼市民文化センター名作映画祭

鹿沼市民文化センター 大ホール

● 東京国立近代美術館フィルムセンターが所蔵しているフィルムを全国各地で放映するという催し。栃木でも鹿沼市民文化センターのほか,時期を分けて何ヶ所かでやっている。
 今回は成瀬巳喜男監督の4作品。「めし」(1951年),「おかあさん」(1952年),「浮雲」(1955年),「乱れ雲」(1967年)。
 放映開始は10時半。チケットは500円(前売券)。

● 「めし」は上原謙と原節子の夫婦に,島崎雪子の姪が絡む。戦後数年しか経っていない時期に,このままの平凡な人生でいいのかしら,と思い悩む女性を描いた映画が存在したということに,驚く。
 映画に限らず,人間の表現欲というのは相当にしぶといもので,この種の驚きには事欠かないらしいのだが。

● 登場する夫婦は,しかし,当時の庶民ではないだろう。何といっても,この時期に米だけのごはんを食べているんだからね。当時の日本だと,大半の地域では麦飯(米麦の割合は半々ぐらいか)を食べていたろうから。
 作中人物は,当時の夜行列車で大阪から東京まで移動するわけだけど,これだってね,今の感覚からすると,国際線のビジネスシートくらいになるのかも。
 見ようによっちゃ,呑気な上流奥様のお気楽な悩みってことにもなる。もちろん,林芙美子の原作があるんだから,ここにあまり時代を絡ませててはいけないわけだけど。

● もっと言うと,当時,映画を観ることができた人って,日本人全体の何パーセントくらいになるのだろう。まだまだ,一部のセレブの娯楽だったはずだ。
 であればこその輝きって,きっとあるんだと思う。

● 原節子の母親役を演じた杉村春子が印象的。苦労を重ねてきたのに,その苦労を表に出さず,静かに娘を諭す。かつての母なるものの理想像。大いなる諦念を身体化しているかのような。
 ほぼ同じ時期の小津安二郎「東京物語」では原節子の義姉役を演じているんだけど,それとの落差も印象的で,この人は何でもやれる人なんですな。

● 「おかあさん」は田中絹代のために作ったのかと思える映画。この人,今でいうと吉永小百合的存在ですか。あまり器用な人ではないと思うんだけど,女優に器用さなんていらないじゃんと思わせる。
 ほどよくシリアスで,後味もいい。胃にもたれない。

● 着るものを繕い,箒を使って掃除をし,手で洗濯し,ご飯を炊くのも文字どおりの自炊だ。当時は,会社の仕事よりも家事労働の方がずっと大変だったに違いない。
 その後,洗濯機や掃除機がすさまじく普及していくわけだが,メーカーの開発動機は先鋭だったに違いない。社員の誰もが母親の苦労を間近に見ている。楽にしてやりたいという思いは本物だったはずだ。

● 今回の4作品の中で最も印象に残ったのが「浮雲」。高峰秀子と森雅之の「不倫関係を断ち切れない様子を描いたもの」。
 「不倫」というのは問題の一部であって,要は,森雅之演じる富岡という男は,女に対して腰が軽いんだね。少し自重しろよ。そうしていれば,高峰演じるゆき子が味わう苦痛や屈辱感は,数分の一になったんじゃないか。
 でも,まぁ,男は全員,富岡の気持ちは理解できるでしょうね。

● 「あきらめても裏切られても離れられない二人のやるせなさは,なにかにすがりつかずには生きていけない人間の業の深さを描いた成瀬の代表作」と紹介されている。そうなのかもしれない。監督は「人間の業の深さ」を描きたかったのかもしれない。
 が,こちらの受けとめ方はそういう次元には至らなかった。女の可愛らしさと,それ以上に女の凄みを演じた高峰秀子の,今の言葉でいうとキュートさがいいなぁ,っていうもの。情けない。

● この映画でもそうなんだけど,相手のために自分を殺せる度合いは,圧倒的に女の方が高い。その代わり,女に覚悟を決められたら,男に対抗する術はない。
 あだや軽々に扱ってはならぬ。

● 女が自然であるのに対して,男は人工。女が本音で動くのに対して,男はきれい事を並べる。女が身を挺するのに対して,男は遠巻きに眺めている。人生における当事者感覚がだいぶ違う。
 この映画も,林芙美子の原作があるわけだけど,男が演出している。男が女を描くと,どこかに甘さが出る。実際の生身の女性は,この作品以上に手ごわいものだというのは,大人の常識になっていないといけない。

● 「乱れ雲」は1967年の作品。他3作品はモノクロなのに対して,これはカラー。もうひとつ大きな違いがあって,他3作品では道路が舗装されていない。画面には映っていないが,雨の日はぬかるみ,風の日には埃がたったことだろう。
 それがこの作品では道路はすべて舗装されている。ケータイやパソコンやインターネットはないけれども,都市の骨格も生活水準も現在との連続性を感じさせる。

● 主演は司葉子と加山雄三。加山雄三って不思議な役者さんだね。陰影はないわけですよ。演技も一本調子っていいますかね。
 シリアスな心情の推移を丁寧に演じていく司葉子に対して,ほとんどノーテンキな性格の劇中人物を作っている。母親役の浦辺粂子らに助けられている感は否めないでしょうね。
 ただ,そのノーテンキぶりが何だかいいんですよねぇ。ここが不思議なところ。加山ありきで脚本も作っているんだと思うんだけど。
 それと,とぼけた役でちょっとだけ登場する左卜全,いいですなぁ。

● 司葉子はこのとき33歳。今の33歳に比べると,ずいぶん大人。悪くいうと老けている。まだこの頃は,大人がきちんと大人になってくれていたんでしょうね。
 今は,年齢層を問わず,若返っているのは確かなようだ。たぶん,いいことなんだろう。

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