2016年11月5日土曜日

2016.11.03 「ぼくのおじさん」

TOHO CINEMAS 宇都宮

● 朝の9時過ぎ。この時間帯でも,TOHO CINEMASにはけっこうな数のお客さんがいた。シネコンなんて言葉,もう死語になっているのかもしれないけれど,シネコンができる前の映画館の惨状と対比すると,隔世の感がある。
 映画は死んだとまで言われていたのではなかったか。テレビに圧されっぱなしで,もう風前の灯火だみたいな。

● けれど,今になってみれば,映画そのものが斜陽だったのではなくて,映画を観る場が時代遅れになっていただけだったのだとわかる。
 薄暗い。トイレの臭いが漂ってくる。学校の購買部より貧弱な売店と愛想のないおばさんの販売員。裏街道に迷いこんだと思わせる,悪場所的な雰囲気。
 懐メロ爺さんの中には,それが良かったのだという人もいるかもしれないけどさ。

● シネコンは映画を明るい健全娯楽にした。明るくなれば陰は消える。
 今のシネコンは屈託がない。性別や年齢を問わず,夫婦やカップル,家族連れ,一人者,誰でも好きな映画を気兼ねなく観に来れる場になった。
 初めてシネコンを構想し,作った人は,偉いと思うな。

● その偉い人の発想を刺激したひとつは,ディズニーランドだと思うね。ディズニーランドは誘蛾灯だ。ああいうものに人は群がるものだとわかった。だったら,映画館も同じようにすればいいじゃないか。
 飲食物で儲けるっていうビジネスモデルを成功させたのもディズニーランド。これもしっかり真似ている。シネコンも,チケット収入より,ポップコーンとドリンクで儲けているよね。

● 持ち込みは禁止なんだよ。見ながら飲み食いするとうるさいからという理由。だったら,館内販売のポップコーンやドリンクだって同じ理屈でダメなはずだがな。
 でも,客席にはコップを置くためのホルダーが設置されている。どうぞ,飲みながらご覧ください,って。

● ポップコーンもドリンクも,いくら何でもボッタクリすぎだろうと思える値段だ。だから,ぼくは買ったことがない。
 なんだけど,あまりお金を持ってなさそうな高校生がジャンジャン買っている。彼女とデートに来ている? お金を惜しむところじゃないんだろうな。
 って,そういうことじゃないようだ。条件反射で買っているんじゃないかと思う。映画とはポップコーンを食べながら見るものである,っていう。

● 相方もポップコーンを食べるのと映画を見るのをセットで考えているようだ(だから,相方はここのポップコーンを買う)。
 映画を見る時間を大切にするということは,つまりポップコーンを食べながら見ることとイコールのようなのだ。映画を楽しむという体験の中に「ポップコーンを食べる」も組み込まれているのだ。

● さて,この映画は北杜夫の原作を山下敦弘さんが監督。“おじさん”は松田龍平。頭が良くて気が利く甥の雪男(つまり“ぼく”)に大西利空。
 雪男の父親が宮藤官九郎で,母親が寺島しのぶ。物語後半のマドンナになるエリーさんに真木よう子。

● 一緒に見た相方の意見は,後半は要らないというもの。北杜夫の原作にこんなのはない。“おじさん”の抜けぶりを淡々と映像にしてくれればいい,恋愛ストーリーはいらない,ということ。
 ぼくも北杜夫の小説やエッセイはほぼすべてを読んでいると思うんだけど,相方も幼い頃に北杜夫を知って,耽溺した過去があるらしい。原作の香りをそのまま映像にしてほしい,余計なものは入れないでほしい,と考えているようだ。

● でも,ま,ストーリーがないと2時間もたせるのは難しくなる。エリーさんを巡って,“おじさん”と老舗の和菓子屋の御曹司(戸次重幸)が演じるドタバタも面白かったけどね。
 “おじさん”と雪男が,並んで海を見ながら,そろそろ日本に帰ろうかというシーンも,絵的にキレイだったし。

● この映画は雪男でもってるような気がしたね。大西利空の可愛らしさと巧さ。天才子役の誕生だ。
 が,子役ってわりと使い捨てにされる印象あり。あんまり芸能界に深入りさせない方がいいよなぁ,親としては,と余計なことも考えた。

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